
2ヶ月くらいしたときに知り合いのとんぼ玉作家さんに、仕事してみる?って言われて。内職の仕事をくれたんだけど、小さい無地のとんぼ玉の制作で、いきなり500個の注文。やったことないし、どうすればいいかもわからず・・
ひたすら考えながら繰り返しやってるうちにだんだん出来だして。1本の芯棒に5個とか10個玉巻けるようになって、同じ物や色々細かい物が作れるようになっていった。。
結局2000個以上作ったかな。実際、そういうのが職人の仕事やでって教わった。それから自分でいろんな物が作れるようになっていき、細かい小さい玉とか作って、ネックレスやイヤリングにしたりアクセサリー作って、父が展示会するときに一緒に並べてもらったりできるようになって。そこからが本格的な活動開始かな。
あとは、始めた時期と環境も良かったと思う。今みたいにとんぼ玉も全然なかったし、インターネットもない時代だったし、もう昔の『とんぼ玉』っていう本しかなかったから、全部自分で考えるしかなかったのよね。父は一切教えてくれないし。父の制作工程を盗み見して、それから真似して試行錯誤やって行くうちにいろんなことができだして、今の人達と比べると上達するペースは遅かったと思うけど、それだけずーっと基礎から順番に技術を蓄積してきてたから、今につながりいろんな事ができるようになったんだけどね。
あっという間の15年でしたよ。

ガラスが本当に面白い!楽しいなって思いだしたのはほんとここ5〜6年ぐらい。とんぼ玉も思うように色々作れるようになり、酸素バーナーも触りだし、両方で色々やりだした頃からかな。昔はとんぼ玉にしか興味はなかった、とにかくとんぼ玉を極めたい!って思いが強くて。その当時は海外作品にも興味なかった。当時の海外のとんぼ玉は、奇抜で独特でダイクロとかやたら使ってて、ギラギラしてるだけで、自分の中であまり興味が湧かなかった。でもその中で引かれたのが師匠のローレンスタンプの作品だった。彼が日本に何回か来てるうちに仲良くなって彼のワークショップをアメリカまで受けに行ったぐらいから色々考え方が変わりだして、ローレンが僕に言ったことは『技術は一緒。ガラスが違うだけ。形にもこだわるな。ソフトを制する者はガラスを制する。』って事を教わった。
それと同時に海外に行きたい!いろんなことを吸収したい、自分の作品を広めたいとも思った。そして海外でボロの作品と出会って、凄い世界があるんやなあって、これは作ってみたい!と思って、帰って来てすぐやりだした。
マーブルにどっぷりはまり、ボロだけではなく佐竹ガラス、キナリガラス、モレッティなどソフトガラスでも作り出した。そして神戸でのミュージアムやランプワークフェスタがあって、そこで今まで以上に輪が広がって、海外作家の友達がたくさん出来て、いろんな作品を見る機会に恵まれて、自分自身の技術も身に付いてった、海外は凄い、まだまだ自分でする事、吸収することいっぱいあるし、これは終わらないなって。

心の中にはずっとペーパーウェイトが作りたいって思いがあって、もう13、14年前にポールスタンカートとルンドバーグ社のペーパーウェイトを見て、マーブルの時とおんなじように驚いて、いつかやってみたいなって思った。
でもなかなかやる機会も学ぶ機会もなくて...。設備も必要だし。
数年経ってから、神戸のランプワークフェスタにローレンスタンプがクリスブッジーニを連れて来てくれたことがきっかけでしたね。で、2年前にクリスから直接習ってみて、これはやっていけそうかもって思ったけど、結局なかなか始められなかった。
でも、バーナーで出来る大きいものや立体的な模様にずっと魅力を感じてて、昨年から自分がほんとに作りたいのは何やろう?って色々悩みだして、昨年末にペーパーウェイトの本開いた時に、あーやっぱりこれがしたい、自分で思うようにガラスを扱えるようになったし、今まで長年やってきたソフトガラスの技術等をもっと活かしてみたいと思い返して、今なら出来るかも!?悩むんならもういっそのこと作ってしまえって(笑)。自分自身の時間的なゆとりが出来てきたから、この時間を使って好きなものを作ろうかなって。気持ちも固まってきて、いろんな案もでてくるし。
試行錯誤がとんぼ玉を作り出した時と同じで、自分で考えていく面白さ。細かい作業続きで時間もかかるし、まだ作り出して数カ月で全然上手に作れないけど、でもこの模様どうやって作るのかな?とか、お〜!この模様はこうやって作るんか!ソフトガラスを長年やってきたお陰で少しづつ組み立てられて行く楽しさ。クリアーガラスをインケースする時の緊張感など久しぶりのワクワク感がたまらない。しばらく格闘状態が続くだろうけどね。
でもやっぱり綺麗と共感してもらえるものを作りたい。特にお花なんかは綺麗と思わない人はいないと思う。多くの人に見てもらって、綺麗ですねって純粋に思ってもらえるものを今後もどんどん製作していきたい。

改めてソフトガラスに戻ってみて、やっぱガラスを知るにはまずソフトガラスだと思う。ガラスの扱い方とか作っていきかたっていうのはボロ以上に丁寧さを求められるガラス。ボロもそれなりに扱いが難しいけど、ソフトガラスに比べると比較的扱い易いし、簡単に形になり易いと思う。あくまでも僕の考えだけどね。
両方のガラスにも言えるけど、瞬間的にガラスを操っていかないといけないところはソフトガラスだと思う。ガラスをどういう風に扱うか、自分が思うようにガラスを操れるようになった時にほんとの面白さが出てくる。火の扱い、ガラスの溶かし方や基礎練習が分かって段階を踏むことによっていろんな事が分かり出来てくる。後になればなるほどその大切さが解る。
繰り返し繰り返しやっていくうちにどんどん綺麗にもなっていく。
一番いいのはソフトも知ってボロも知ればもっともっと幅も広がるし、ソフトでやったことをボロでも作ってみようっていうこともできる。
反対にボロだけやっててもソフトのことやろうと思っても出来ないと思う。
ソフトの技術が身につけばどんなガラスでも扱えるって事が今よくわかる。

作り手自体がもっと視野を広く持ってほしい。とんぼ玉やったらとんぼ玉だけにしか興味がないんじゃなくて、ボロの世界もあるし、マーブルやペーパーウェイトの世界もあるし、吹きや細工の世界もあるし、ガラス工芸やランプワークの全体のくくりで見て欲しい。そうしたらもっと広がると思う。ガラスでも、いろんな素材のガラスがあって、いろんな作り方があって、でもすべてを同じように捉えてほしいなっていう思いがある。
とんぼ玉にしてもボロにしても日本ではまだまだアートの世界になってない。
自分自身が海外に行くようになり色々見出して、海外のアートショーなんかでは素晴らしい作品にびっくりするぐらいの高価な価格が付き、その作品が平気で売れていく。
文化の違いもあるが、一流のギャラリーも多くコレクターが多数いること。
周りの環境が作家を育てて行く大事さ。 今の日本はそうではないと思う。
デフレではないけど、手間暇かけたのに安い価格で売られ、作家自身も自分で自分の首を締めているような気がする。
とんぼ玉やマーブル、アクセサリーでもアートや工芸品として認められ、
それなりの価値がもっとつけば良いと思う。
それらをこれからどんどん作る子がでてきても面白いと思うし、手間暇かけもっと高価な作品になっても良いと思う、そうなればランプワーク自体のレベルも上がっていくだろうと思うし、それを認める周りの人も多く出て来ると思う、そうなっていかないと駄目だと思う。
だからそういう面もふまえて作り手がもっと外へ目を向けてくれたらいいと思う。日本の中に凄い人が居るっていうことだけに注目するんじゃなくて、世界にはもっと凄い人が居るっていうことを知って、自分たちも外の世界に向けて作品を出したいって言う事が増えてくれば変わってくると思う。
オブジェや他のガラス工芸なら日本でも世界的に認められている方は多く居るのに、なぜとんぼ玉やマーブルやアクセサリーなど凄い繊細で綺麗なものを作るのにそれをアートと認められないのか。
もっと自信と個性をもって、そんな人がでてきもいいと思う。出てこないといけないと思う。自分もそうなるようもっと頑張って変えていきたいと思う。